fc2ブログ

人生上々志向

日々の中で心に留めておきたい事や、気になる本や記事の内容など、日記感覚で更新してみます。

 

△top

「繰り返します。これは内戦ではありません。政府による虐殺です:フィフィ氏」 

 

宗教 / 仏教 / 社会・経済 / 国際政治・外交 / 政治 / 経済 / 哲学 / 思想 / 墓地
暫定政権の治安部隊が一方的に行った無差別虐殺行為

twitter フィフィ FIFI_Egypt (https://twitter.com/FIFI_Egypt

エジプト情勢についてオバマが特別記者会見を開催。
モルシ大統領を拘束している軍を擁護する発言をし、来月予定していた合同軍事演習は中止すると発表。
エジプト政府を非難しつつも、現状を変える鍵となるエジプト軍への13億ドルの援助に関しては触れず、クーデター政権支援のスタンスを変えなかった。
これは平和的なデモをしていた非武装な民衆に対し、暫定政権の治安部隊が一方的に行った無差別虐殺行為なのだ。

アルガジィーラでは、デモをする市民に対する治安部隊の暴行の映像が次々と報道されている。
ソースは、アルガジィーラ モバーシェル ミスル。また、モスク内でも殺戮が繰り返され、モスク内は血だらけ。
そのまま遺体安置所になっていたモスクは、証拠隠ぺいのためモスクごと治安部隊に燃やされた。

スエズ地区の現在。
非常事態宣言は、7時以降の外出禁止だが、暫定政権の無差別虐殺に対するデモは、続いている。スエズ地区では84人が不当に逮捕され、民間人でありながら、軍事裁判にかけられる事になる。軍事裁判は、弁護士も呼ぶことも出来ない。このような暫定政権を擁護し支援する米国とは…
報道は暫定政権の治安部隊による無差別虐殺の死亡者をエジプト政府の発表に頼るが、実際にはその5倍の2000人以上。負傷者は1万人以上とされている。

いつまでクーデター政権の数字をあてに報道してるんだ?恥ずかしくないのかマスコミ各位。
デモクラシーを無視した報道スタンスには終始呆れる。

出展 「晴耕雨読 「繰り返します。これは内戦ではありません。政府による虐殺です:フィフィ氏」


エジプト当局の強硬策に不快感を示しながらも、軍への支援凍結を行わずモルシ氏復帰を求めないことで事態を黙認する方針のようだ。専門家からも「エジプト情勢における米国の目標を損なわせ、米国への信頼性を弱める戦略上の失策だ」と批判されている。兵器や物資を提供するという形態での利権絡みの軍事援助、スエズ運河特権的利用、アバマ大統領は自国の権利を守ること以外はどうでもよいというのか。マスメディアの報道姿勢もエジプトの民主化への妨げとなっているのが残念でならない。



アメリカがエジプトへの軍事支援を簡単にやめられない理由

エジプトのモルシ前大統領を支持するデモ隊に対してエジプト軍が強制排除を行い多数の死者が出ている問題で、オバマ米大統領は8月15日、秋に予定している米軍とエジプト軍の合同軍事演習を中止すると発表した。だが米国がエジプトに対して実施している年13億ドル(約1265億円)の軍事援助の停止については言及しなかった。米国は中東最大の同盟国の一つであるエジプトへの対応をめぐって、大きなジレンマに直面している。

米国の法律では軍事独裁政権には建前上、軍事支援ができないことになっている。現在のエジプトはそれに該当する可能性が高いが、エジプトは米国にとって地政学上、非常に重要な地域であり、同盟関係を簡単には破棄できない状況にある。特にスエズ運河の管理をエジプト政府が担っていることは、米国にとっては最大の弱みになる。

またもう少し泥臭い事情もある。13億ドルの軍事援助は、米国がエジプトに資金を提供するのではなく、金額相当分の兵器や物資を提供するという形態になっている。エジプトに提供される兵器や物資は米国製であり、米国の軍需産業にとってエジプトへの軍事支援は大きなビジネス利権となっている。政治以外の分野でもエジプトへの支援継続を求める声が大きいのだ。

オバマ大統領は、「暫定政権の対応を見極めながら次の措置を考える」と述べており、軍事援助の削減も含む追加措置について含みを持たせている。

出展 「HUFF POST WORLD -国際- アメリカがエジプトへの軍事支援を簡単にやめられない理由

宗教 / 仏教 / 社会・経済 / 国際政治・外交 / 政治 / 経済 / 哲学 / 思想 / 墓地
スポンサーサイト



category: 国際問題

tag: エジプト  オバマ  暫定政権  無差別虐殺  モルシ  スエズ運河  軍事支援 
tb: 0   cm: 0

△top

「増税で税収アップ」は大嘘!今まで増税をする度に税収は減少 今の日本に必要なのは減税だ!  

 

宗教 / 仏教 / 社会・経済 / 国際政治・外交 / 政治 / 経済 / 哲学 / 思想 / 墓地
『増税をしても政府の税収は増えるどころか、減少』
アベノミクスを殺す消費増税

 マスコミは「増税に必要な環境が整う」とか報道をしていますが、今の日本では増税は全く必要ありません。というか、増税をしても政府の税収は増えるどころか、減少してしまうのです。これは政府が発表をしている数値からも明らかで、増税をする直前は駆け込み買いで一時的に収入が増えているのですが、増税後は景気が冷え込んだ影響で税収も減っています。
 今までの消費税増税はデフレを悪化させた原因となってしまいました。何故か政府は「借金だらけだから増税で対処する」と言っており、マスコミもその論調で報道をしていますが、増税というのは景気の調整弁として作られたシステムなので、「増税で政府収入アップ」という理由は本末転倒なのです。
 私達はいい加減に気がついて、彼らにしっかりと「NO」を突きつけるべきです。この国は彼らの所有物ではなく、私達全員が本当の主権者です。
 *減税を主張している政治家は名古屋市長の河野氏や亀井議員くらいしかいません・・・。「日本には金が無い」というのも暴論で、世界最高一の貯蓄と資産があります。更に毎年、海外から数十兆円の金利収入もあります。
出展 「真実を探すブログ 「増税で税収アップ」は大嘘!今まで増税をする度に、税収は減少していた!今の日本に必要なのは減税だ!

「アベノミクス」の真相
日本を破壊する5つの罠
消費税 政と官との「十年戦争」
庶民は知らないアベノリスクの真実
アベノミクスでも消費税は25%を超える (PHPビジネス新書)

消費税と税収の関係をグラフ化してみる(2013年)

 消費税の税率アップの理由に「財政再建」「安定税収の確保」「不景気下で落ち込み気味な税収のアップ」などが語られている。ところが各種シミュレーションでも「消費税を上げても総合的な税収増にはつながらない」との話もある。そこで今回は過去の税収関連のデータを基に、日本における消費税と税収の関係をグラフ化し、精査を行うことにした。
 「日本における過去の経験則として」把握できるのは、「消費税をアップしても税収全体は増加しない」という事実。税率を上げれば、直前までの駆け込み需要は期待できるものの、それ以降は経済活動が縮小萎縮し、市場での金周りが悪くなる(特に高額商品に対する需要ブレーキがかかる)。結果的に「利益に対して」発生する税収が減るのは当然の話である。経済促進を推し量るために「経済特区」と称し、さまざな優遇税制措置を取る、逆のパターンを考えれば理解は容易くなる。
出展 「GarbageNEWS.com 消費税と税収の関係をグラフ化してみる(2013年)(最新)


消費増税導入で税収総額は増えず 5%にアップ後15年は13敗2分け

 98年度以来昨年度までの15年間のうち13年は、税収合計が97年度を大きく下回った。2000、07年度はプラスになったが、プラス幅は誤差の範囲内といえるほど極小なので、いわば0勝13敗2引き分けである。
 財政収支悪化の原因はデフレ、その引き金を引いたのが消費増税である。その政策を推進、擁護してきた政治家、財務官僚と御用学者は、責任を問われるか、恥じて職を辞すのが当然なのに、誰もそうしない。それどころか、消費増税とデフレは無関係と言い張り、昨年秋に消費増税の3党合意を推進、あるいは支持する始末だ。
 批判する言論人は拙論のような極少数派に過ぎない。陰湿な官僚に至っては、メディア・トップに増税批判記者排除圧力をかける。ファシズムである。
 今度ばかりは増税で税収総額が増えて財政再建できるのか。増税後の税収の見通しは、官僚が支配する弾性値次第でどうにでもなる。だまされないためには結果責任という担保がいる。官僚も政治家もメディアも御用学者も増税して財政が悪化すれば責任を負うと、国民や読者に約束すべきなのだ。
出展 「zakzak 消費増税導入で税収総額は増えず 5%にアップ後15年は13敗2分け

宗教 / 仏教 / 社会・経済 / 国際政治・外交 / 政治 / 経済 / 哲学 / 思想 / 墓地

category: 政治 経済

tag: 消費税  増税  アベノミクス  財政再建  財務官僚  御用学者  デフレ 
tb: 0   cm: 0

△top

正法眼蔵随聞記 一 8.人法門を問ふ 

 

宗教 / 仏教 / 社会・経済 / 国際政治・外交 / 政治 / 経済 / 哲学 / 思想 / 墓地
8.人法門を問ふ

一日示に云ク、法門を問ふ、あるイは修行の方法を問フ事あらば、衲子ハすべからく実を以て是レを答フベシ。若シクは他の非器を顧み、あるイは初心未入の人意得べからずとて、方便不実を以て答フべからず。菩薩戒の意は、直饒小乗の器、小乗ノ道を問フとも、ただ大乗を以て答フべきなり。如来一期の化儀も尓前方便の権教は実に無益なり。ただ最後実教のみ実の益あるなり。
然れば、他の得不得をば論ぜず、ただ実を以て答フべきなり。若し此ノ中の人を見ば、実徳を以て是レをうる事を得べし。仮徳を以て是レをうる事を得べし・外相仮徳を以て是レを見るべからず。
昔、孔子に一人有ツて来帰す。
孔問フて云ク、「汝、何を以てか来ツて我レに帰する。」
彼の俗云ク、「君子参内の時是レを見しに、顒々として威勢あり。依ツて是レに帰す。」ト。
孔子、弟子をして乗物・装束・金銀・財物等を取り出シて是レを与へき。
「汝我レに帰するにあらず。」ト。
また云ク、宇治の関白殿、有ル時鼎殿に到ツて火を焼く処を見る。
鼎殿見て云ク、「何者ぞ、左右なく御所の鼎殿へ入るは。」と云ツておひ出されて後、さきの悪き衣服を脱ギ改メて、顒々として取り装束して出給フ時に、前の鼎殿、遥にみて恐れ入ツてにげぬ。時に殿下、装束を竿に掛ケられて拝せられけり。人、是レを問ふ。
「我レ人に貴びらるるも我ガ徳にあらず。ただこの装束の故なり。」ト。
愚かなる者の人を貴ブ事是ノごとシ。経教の文学等を貴ブ事もまた是レごとシ。
古人云ク、「言、天下に満チテ口、過無く、行、天下に満チテ怨悪を亡す。」ト。是レ則チ言ふべき処を言ヒ、行フべき処ヲ行ふ故なり。至徳要道の行なり。
世間の言行は私然を以て計らひ思ふ。恐らくは過のみあらん事を。衲子の言行先証是レ定マれり、私曲を存ずべからず。私祖行ヒ来れる道なり。
学道の人、各自ラ己ガ身を顧みるべし。身を顧ミると云フは、身心何やうに持ツべきぞと顧ミルべし。然ルに衲子は、則ち是レ釈子なり。如来の風儀を慣フべきなり。身口意の威儀、皆千仏行じ来れる作法あり。各そノ儀に随フべし。俗なほ「服、法に応じ、言、道に随フべし。」と云へり。一切私を用フるべからず。


正法眼蔵随聞記 (ちくま学芸文庫)
ZEN 道元の生き方―「正法眼蔵随聞記」から
宝慶記・正法眼蔵随聞記 (原文対照現代語訳 道元禅師全集)
正法眼蔵随聞記に学ぶ―若き道元のことば

ある日教えて云われた、人々が、法門を問うたり、或いは修行の方法を問う事があるなら、達磨門下の禅僧は必ず真実を持って答えるべきである。もしくは才能・力量の不足を心配し、あるいは入ったばかりで真実の法を聞かない人だからといって、便宜的な方法や真実でないことをもって答えてはならない。菩薩戒の趣旨は、たとえ小乗のみわかる器で、小乗の道を問うたとしても、ただ大乗をもって答えるべきである。釈尊一代の教化も法華に至る以前の仮の教化は実に無益である。ただ法華涅槃時の教化のみが本当の益があるのである。
それ故、相手が理解できるかどううかを論じず、ただ真実をもって答えるべきである。もし教えの中にいる人ならば、本来の仏性をもって仏法を悟るであろう、因縁による自我をもって仏法を悟ることができるであろう。姿形や因縁による自我をもって人を見てはならない。
昔、孔子のもとに一人の従者になりたいと人がきた。
孔子は問うて言った。「汝何をもって私の従者になろうと言うのか。」
その男が云った。「あなたさまが宮中に参上したときは拝見したのですが、厳正で堂々としておられた。それ故従者になりたいのです。」と。
孔子は、弟子に乗物・装束・金銀・財物等を用意させてこれを与えた。
「汝わたしに服そうとしたのではない。」と。
また云った、宇治の関白殿が、ある時湯殿にいって火を焼くところを見ていた。
湯殿の人がそれを見て云う、「何者か、むやみに御所の湯殿に入るのは。」と云って追い出された後、先ほどの見苦しい衣服を脱ぎあらため、厳正として装束を手際よくつけおいでになったときに、先ほどの湯殿の人は、遠くにこれを見て恐れいって逃げてしまった。その時関白殿は、装束を竿にかけて拝された。ある人が、これを見て問うた。
「わたしは人に尊重されているがわたしの徳によるものではない。ただこの装束のおかげなのだ。」と。
愚かな者が人を尊重するということはこのようなものだ。経教の文字等を尊重する事もまたこのとおりである。
古人が云うに「言葉が天下に満ちて失言がなく、行動が天下に満ちて恨みはなくなる。」と。これはすなわち言うべきことを言い、行うべきことを行うからである。最も大切なところを心得た行いである。
世間の人の言動は、自分がよいと判断するようにする。恐らくは間違いばかりであろう。達磨門下の禅僧の言動には昔からの仏祖の行いに定まっている。利己心による誤った考えを持ってはならない。仏祖が代々行ってきた道である。
学道の人は、各々自ら己の身を顧みるべきである。身を顧みるというのは、身心をどのように持つべきか顧みるべきである。然るに達磨門下の禅僧は、すなわち釈尊の子である。釈尊の立ち振る舞いにならうべきである。行動・言動・意思の立ち振る舞いは、皆長い間仏が行ってきた作法がある。各々その立ち振る舞いに随うのだ。世間では依然として「服は法にかなったものを用い、言葉は道に随わねばならない。」と言っている。一切自分の考えを用いてはならない。
底本は「長円寺本」


《 関連記事 》
宗教 / 仏教 / 社会・経済 / 国際政治・外交 / 政治 / 経済 / 哲学 / 思想 / 墓地
正法眼蔵随聞記 一 1.はづべくんば明眼の人をはづべし。
正法眼蔵随聞記 一 2.我れ病者なり、非器なり
正法眼蔵随聞記 一 3.学道の人、衣食を貪ることなかれ
正法眼蔵随聞記 一 4.学道の人、衣食に労することなかれ
正法眼蔵随聞記 一 5.古人云く、聞くべし見るべし
正法眼蔵随聞記 一 6.学道の人は後日を持ツて行道せんと思ふ事なかれ
正法眼蔵随聞記 一 7.海中に竜門と云ふ処あり
正法眼蔵随聞記 一 8.人法門を問ふ
曹洞宗開祖 道元と思想
曹洞宗開祖道元禅師 語録書 「正法眼蔵随聞記」

category: 仏教 宗教

tag: 道元  曹洞宗  正法眼蔵随聞記  修行  長円寺本  釈尊 
tb: 0   cm: 0

△top

臨済宗開祖 茶の開祖 栄西禅師 『喫茶養生記』 

 

宗教 / 仏教 / 社会・経済 / 国際政治・外交 / 政治 / 経済 / 哲学 / 思想
『喫茶養生記(きっさようじょうき)』
栄西 喫茶養生記

日本へ臨済宗を伝えた栄西が,喫茶と喫桑の薬効を説き勧めた書。そのため室町時代には一時《茶桑経》とよばれたこともあった。日本最古の茶の本として古来有名である。上・下2巻から成る。〈茶は末代養生の仙薬,人倫延齢の妙術〉(原漢文)という序文にはじまり,茶の生理学的薬効を説く〈五臓和合門〉(上巻)と鬼魅を駆除する桑の病理学的薬効を説く〈遣除鬼魅門〉(下巻)とに分けて記されている。本書は1211年(建暦1)の初治本と1214年(建保2)の再治本の2度にわたって成立している。


一.栄西と『喫茶養生記

 栄西(1141~1215)は8歳で『倶舎頌』を読み、14歳で出家、栄西を名乗る。19歳で比叡山にのぼり天台宗の顕密両教を学ぶ。仁安三年(1168)4月入宋、浙江天台山、阿育王山に参って新章疏三十部六十余巻を携えて9月に帰国。47歳(1187)で再度入宋し、天台山万年寺に虚庵懐敞禅師を訪ねて師事し、その後師に従って天童山景徳禅寺に移って修禅し、ついに臨済宗53代の継承者となった。宋の紹熙二年(1191)秋に帰国、帰国後は日本各地に禅寺を建てて禅宗の興隆に努め、『護禅興国論』を撰して日本臨済禅の始祖となった。健保三年(1215)寿福寺にて円寂。
 飲茶が一般的な習俗として普及し、茶文化が盛んになっていた宋国では、寺社における生活でも茶はなくてはならないものであった。栄西は二度にわたる入宋経験を通じて茶の効能を身をもって知り、その有用性を悉知したのであろう。二度目に帰国した際、彼は茶の苗木と種、それに茶器を携え、筑前の背振山と博多の聖福寺にこれを植えた。また、栂尾高山寺の明恵上人(1173~1232)に種を送ってその効能を伝え、これが契機となって栂尾を中心に植茶が広まり、やがて宇治、伊勢、駿河、川越へと拡大していくのである。
 『喫茶養生記』は上下二巻に分かれており、上巻を『五臓合門』、下巻を『遣除鬼魅門』と呼ぶ。栄西は『五臓合門』で五臓の調和が身体健康を保証し、それは酸、甜、苦、辣、咸の五味の均衡によりもたらされると説いた。ただし、心臓が必要とする苦味は日常の飲食からは摂取困難で、これを解決するのが多量の飲茶であるとした。続いて栄西は、真言五部が五臓の病を加持治療する方法について述べた上で飲茶を強くすすめ、中国文献を引いて茶の名称の変遷や茶木・茶葉の形状を説明し、さらに効能と採集について述べている。自身が宋での生活で見知った茶の焙煎や保存の方法にも触れている。『遣除鬼魅門』では現世が仏教でいう末世にあたることを説き、魑魅が横行して国土は乱れ人心は荒れて、それがさまざまな疾病を呼びこむことを警告した。そして五種の末世の病を列挙して、それぞれの症状と治療法について述べている。それら諸病には桑の木と茶木を用いた医療が有効であるとして、特に宋での茶の飲用法を紹介しているが、それこそが日本の茶道が永年親しんできた抹茶による手前なのである。


二.『喫茶養生記』と道教文化

1.道教の養生思想

 世界の三大宗教が霊魂の解脱による来世での幸福を説いて信徒たちを導いたのに対して、道教は生きることこそが人の幸せであるとして、「最善なる者は常に楽生を欲する」(『霊宝畢潔』、陳致虚『元始無量度人上品妙経注解巻下』より引く)と現世こそが楽土であると考えた。つまり道教とは、あらゆる宗教の中でもっとも現世の生命存在を重視する宗教なのである。
 このような生死観に導かれて、道教はとこしえの生命を信奉する精神を培い、生命存在へのこだわりを根底に置いた宗教哲学を作り上げた。いわゆる「人命最重」、「我が命は天にではなく我に在り」といった精神がそこにはある。可能な限り生命を維持して延年益寿を実現し、その後は仙人となって天に上る(羽化登仙)。これが道門において人々が目指す最終目的なのである。養生とはこれを果たすための重要な手段であり、養生思想は道教思想の主要な部位を占めることになった訳である。
 このような「生」の追求が養生への強い関心となって『喫茶養生記』にもそれが明瞭に現れているのである。第一に『喫茶養生記』という書名がそれを体現している。
栄西は『抱朴子内篇』第十一『仙薬巻』を引いて茶を「養生の仙薬」とし、「桑木もまた仙薬なり」、「服す者は仙者にして、種々の薬を服して久しく命を保つ」とした。また、桑木を服す方法を「仙術」とし、茶を服することを「妙術」と呼んでいる。
 栄西は『喫茶養生記』で「自国も他国も菜を調える味は同じく、苦味を欠いている。しかし大国では茶を飲み、わが国では飲まない。大国の人は心臓を病まず、長患いもなく長命である。わが国の人は心臓に病あり、長患いをする。これこそ茶を飲まぬせいである」、「茶を飲めば心臓を治し、病を遠ざける」と茶の持つ苦味が心臓病を予防し、長命と健康を促進することを説いている。
 道教が説く養生の究極の目的は「羽化登仙」である。仙人やそれに成るためのプロセスについては『抱朴子・論仙』に「薬を以って養生し、術を以って延命し、内疾を生ぜず外患を入れず、久しく不死を視すれど旧身を改めず、すなわちそこに道あり、無を以って難となす」とあり、医薬養生を持って仙を求め、仙を求めることによって永生を手に入れることを述べている。『喫茶養生記』は茶の効能を説く際に『壷居士食忌』の「茶久服羽化」、『陶弘景新録』の「喫茶、軽身換骨苦」、『天台山記』の「茶久服、生羽翼、是身軽而可飛」を引いている。そして栄西は、「桑木も仙薬なり。仙人にふたつあり、ひとつは苦行仙でひとつは服薬仙。苦行仙は食味を断ち、米粟を食べて久しく命を活かす。服薬仙は薬を服し、久しく命を保つ。中でも桑木仙は永く保つことができる」と述べている。

2.五行説の継承

 陰陽五行説は道教全般の摂理に関わる重要な思想であるが、『喫茶養生記』上巻『五臓合門』が引用する『尊勝陀羅尼破地獄儀軌秘抄』にもその記載が見られる。「一、肝臓は酸味を好み、二、肺臓は辛味を好み、三、心臓は苦味を好み、四、脾臓は甘味を好み、五、腎臓は咸味を好む」。そして苦味の不足が心臓の機能低下を招き、健康の妨げになることを説いている。
 五臓とその他の人体器官、精神感情や自然界の物質形態との相対関係は秦漢時代に完成された『黄帝内経』によるものである。また、『黄帝内経』が更に説く五行相生相克の原理は、五臓相互の依存関係と相互制約、身体の平衡を維持する相互関係について説明する。五臓と五神の関係については、『素問・宣明五気篇』に「心臓神、肺臓魄、肝臓魂、脾臓意、腎臓志、これがいわゆる五臓の蔵するものなり」とある。
 『喫茶養生記』が説く五臓と五神の密接な関係も道教の「天人合一」「天人感応」思想に拠るものであり、人体はひとつの小宇宙であり、それは大宇宙の縮小であるという認識に立つものである。
 栄西は『喫茶養生記』で心臓の際立った働きと五臓の相互作用、五臓と五官・五味の連動について、これら道教の考え方に沿って述べている。


三.『喫茶養生記』が道教の影響を受けた原因

1.仏教と道教の密接な関係

 栄西が足跡を残した宋代は、ちょうどな儒・道・仏の三教は理論の上では融合する方向に向かう情況が勢いを加えた時期にあたるのであり、仏道の融合が日進し、僧籍の中にも「好道」、「重道」を標榜する者が次々と現れ、民間では仏寺と道観で関帝と観音を同じく祭るような情勢であった。仏教は自身に欠けていた生きる術を道教の養生や長生の術で補い、道教は仏教の影響下で理論体系の充実を図り、道教戒律を構築したのである。

2.中国伝統医術と道教医術の極めて深遠な関係

 病を治し人を救うことは、仏教が体現する救世思想の手段のひとつである。日本の伝統医術は中国の影響を多分に受けており、中国医術は道教と分かちがたい縁を結んでいるのであり、道教医学は中国医薬学の理論的な基礎であり、中国医薬学は道教医学の核心をなすものである。歴代の道教医学者たちの足跡は、そのまま中国医学発展の道程に重なるものと言えるのである。

3.茶に付加された仙薬としての性格

 良い茶は高山に育つため入手が難しく、さまざまな疾病に効能があり、生産から飲用までの工程は金丹製造の工程に似ている。これらのことが茶と仙薬に自然の因縁をもたらした。さらに陸羽の『茶経』によって、茶はより神秘化、仙薬化されたのである。茶はこうして仙薬としての性格を付与され、そのため飲茶は神仙道教思想の影響を受けて一種の仙人的要素を持つに至った。
 日本の研究者によれば、栄西が上巻『五臓合門』で引用した文献は、基本的に『太平御覧』の「茗」部条より引かれており、そこには多くの『茶経』の記述が載せられている。
 『神異記』、『広陵耆老伝』、『異苑』等の記述を目にした栄西がその影響を受けなかったはずはなく、自ずと『喫茶養生記』の記述にも反映されたのである。

出展 「JAPANOLOGY OF CHINA 中国の日本研究

《 関連記事 》
宗教 / 仏教 / 社会・経済 / 国際政治・外交 / 政治 / 経済 / 哲学 / 思想
臨済宗の開祖 栄西
臨済宗開祖 茶の開祖 栄西禅師 『喫茶養生記』
曹洞宗開祖 道元と思想
曹洞宗開祖道元禅師 語録書 「正法眼蔵随聞記」

category: 仏教 宗教

tag: 栄西  臨済宗  興禅護国論  喫茶養生記    茶桑経  五臓合門  遣除鬼魅門  道教  儒教 
tb: 0   cm: 0

△top

ある技術者が語る 「2020年日本車消滅」 という衝撃の未来予測 

 

宗教 / 仏教 / 社会・経済 / 国際政治・外交 / 政治 / 経済 / 哲学 / 思想

「HVばかりに傾注すると、大変なことになりかねない」
世界自動車メーカー どこが生き残るのか―ビッグ3体制崩壊後の国際競争

この8月12日、政府から「GDP年率2.6%増」が発表され、景気回復は進んでいるように見える。成長率を押し上げたのは、なんといっても輸出で、3.0%も増えている。そして、この輸出増加の原動力となったのは、間違いなく自動車産業である。
実際、8月2日に発表されたトヨタの2013年4~6月期連結決算は好調で、本業のもうけを示す営業利益が前年同期比87.9 %増の6633億円。これは、これまでで最高だった07年4~6月期(6754億円)に迫る水準だった。
しかし、先日、ある大手IT企業の技術者(仮にY氏とする)と話していたら「トヨタは方向を誤れば、パナソニック、シャープになりかねない」と言うので、正直、驚いた。自動車産業は、電気産業・半導体が壊滅したいま、日本のものづくり産業の最後の砦である。そんなことがあり得るのだろうか?

電気自動車ウォーズ 日産・三菱・トヨタ・ホンダのエコカー戦略
「昨年、日本ではHVのシェアが20%に達した。今後も売れていくと思う。しかし、ならばHVばかりをつくっていけばいいのかというと、そうではないと思う。いまはまだ劣勢かもしれないが、次世代カーの本命は、やはり電気自動車(EV)ではないのか?
私はそう思っている。もしそうなったら、HVに傾注しすぎた日本の自動車メーカーは一気に衰退してしまうかもしれない」

「エンジンのないクルマ」が変える世界
エコカー世界大戦争の勝者は誰だ?―市場・技術・政策の最新動向と各社の戦略
自動車産業 次世代を勝ち抜く経営―“ものづくり”企業に求められる“戦略づくり”
電気自動車 市場を制する小企業群 Small Hundreds (Mainichi Business Books)
電気自動車が革新する企業戦略 自動車、ハイテク、素材、エネルギ−、通信産業へのインパクト

コンピュータが発達したいま、このような擦り合わせ技術は、やがて無用化すると思われる」
「なぜ?」
「それは、ガラケーがスマホに代わったことでわかるように、昔は電話だったものがいまはコンピュータに置き換えられている。テレビも同じで、テレビ独自で発達した技術は必要なくなり、いまはテレビではなくスマートテレビになった、これもコンピュータだ。
だから、次はクルマもコンピュータになる。そうなれば、ガソリンエンジンはいらなくなる
日本の自動車産業は、摺り合わせ技術の集積であるガソリンエンジンを中心として、現在の地位を築いてきた。ところがEVは、電池とモーターさえあれば簡単につくることができるという。パソコンがパーツの組み合わせで誰でもつくれるようなったように、自動車もEVになれば、そうなるというのだ。
つまり、EVはモジュール化した電機製品だから、将来的にはパソコンやデジタルテレビと同じ類のものとなるというのである。

トヨタVS現代 トヨタがGMになる前に
エコカー を標榜しながら、本当の意味で「環境に優しいクルマ」ではないこと。HVといってもガソリンを使う。つまり、二酸化炭素を排出することに変わりはない。
現在のところ、HVは価格が高いため、新興国市場では売れていない。新興国市場だけを考えると、日本メーカーがつくるHVは一般庶民の手には届かない。それなら、手軽なEVのほうがはるかに競争力があるというのだ。

現在、調査会社、証券会社、商社などが入り乱れて、2020年のEV(PHEVも含む)がクルマ市場のどれくらいを占めるかを予測している。普及台数予測は500~2400万台とばらついているが、平均値は約1300万台である。2020年に世界新車販売台数は9000万台と予測されるので、EVがクルマ全体に占める平均的比率は14%となる。

(1)普及速度は明らかではないが、EVが普及することに異論の余地はない。
(2)ゴーン社長が言うように、EVの普及速度は上方修正される傾向にある。

(1)については、2009 年時点で「EVは2020年に10万台程度」と予測されていたが、たった数年で数十倍以上になったことからも明らかであるという。

自動車新世紀・勝者の条件
新製品というのは、イノベーター+アーリーアダプター合計16%を超えると、そこからは急速に普及するというのだ。日本における家電やPCなど耐久消費財の普及率を見てみると、ロジャーズ教授の理論はおおむね正しい。
とすると、「2020年に10%、2025年に20%」という予測は、EVがアーリーマジョリテイの段階に差しかかるということだ。となると、これ以降、これまでと異なる速度で、爆発的に普及していくことになる。
「もう一つ重要なのは、何が次世代カーのデファクト・スタンダードになるかだ。これは、普及段階を待たず、もっと早く決まる。早稲田大学の山田英夫教授の研究だと、イノベーター(2.5%)からアーリーアダプター(13.5%)に移行する際、つまり、普及率2.5%を超える辺りで、デファクト・スタンダードが決まることが多いという」

いずれにしても、イノベーションはどんどん進み、私たちの身の回りのものがすべてコンピュータでコントロールされる時代がやってくる。人間とコンピュータが融合する世界の出現だ。そうなると、クルマも大きく変わるだろう。
その際、日本のものづくり最後の砦、自動車産業が電機産業の二の舞にならないことを、切に願いたい。

出展 「YAHOO ニュース ある技術者が語る「2020年日本車消滅」という衝撃の未来予測


中国の低速EVのように危険度が低いものはよいかも知れないが、安全性を確保する上でいくらEVがモジュールになっていくとしても、自動車が自作パソコンのように組み合わせで誰でも作れるようになるというのはあまりに答えを急ぎすぎていると思う。ただ、今までの自動車産業のように、主要なメーカーのみが市場を独占するのではなく、テスラモータースという電気自動車ベンチャーに代表されるように、さまざまなベンチャーが参入し、破壊的イノベーションを起こす可能性は確かあるのだろう。トヨタはHVプリウスのおかげで出荷台数がトップとなったが、ゴーン氏の指摘するようにEV普及上昇に異論の余地はなくその速度が加速するのであれば、現在のトヨタの見ている先にはどんな展開がまっているのか。HVに傾注するあまり、本流と違う方向(衰退の道)にひた走る姿を想像したくはないし、日本の自動車産業は今後もあらゆる可能性にも対応しうると私は信じている。

宗教 / 仏教 / 社会・経済 / 国際政治・外交 / 政治 / 経済 / 哲学 / 思想

category: ニュース

tag: HV  EV  トヨタ  プリウス  ベンチャー  イノベーション  自動車産業 
tb: 0   cm: 0

△top